キューバ 曹洞禅事情

曹洞宗北アメリカ国際布教師

曹洞宗北米別院禅宗寺国際布教主任 小島秀明

 

 

■はじめに

昨年12月に禅宗寺で行われた朧八摂心に、キューバよりYassel隆真師が参加したことがご縁でキューバを訪ねることになりました。隆真師は14歳で弟子丸老師の流れをくむ僧侶Kosen師の下で得度をしていますが、曹洞宗に登録されなかったため、 南アメリカ国際布教総監総監 采川老師の下、再度得度を受けています。

 

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キューバでは禅に興味を持つ人々がフランスの弟子丸老師の弟子で丹羽禅師の嗣法を受けた(写真1)Stéphane "Kosen" Thibaut師を招聘し、指導を受けたことに始まります。ハバナ市内でLa Habana Zen Dojo(以下ハバナ禅道場)として活動を継続し、Kosen Sanghaの一つと数えられています。隆真師もこのサンガで修行し最初の得度をしています。また、チェ・ゲバラの子息もここで得度し現在も活動しています。

隆真師は現在、ハバナ市街から車で一時間ほどの距離に位置するアルテミサという地に小さな道場を作り活動をしています。彼が生まれ育った町です。もともとハバナ禅道場の主要メンバーとして活躍していた隆真師ですが、ハバナ禅道場の方向性がだんだんと 日本や伝統的なものの在り方に否定的になっていることに疑問を抱き、曹洞宗の本来の姿を求めてアルゼンチン、そしてブラジルに法を求め、采川老師と出会って再得度を受けて現在に至ります。

ハバナ空港到着時には7人の出迎えを受けました。滞在期間中お世話になる方々で、ハバナ芸術大学の先生、松林流空手の先生、合気道キューバ本部道場の先生、隆真師、通訳の参禅者に運転手でした。

空港から法真寺までは車で小一時間。到着後に茶話会があり、サンガ・メンバーや近所のサポーターの方々が集まり、歓迎を兼ねて自己紹介や明日の接心の打ち合わせなどが行われました。

 

アルテミサ禅道場・法真寺は隆真師の実家の一角にあり、父親が住む家を庫裡としています。

参禅者は堂内で寝泊まりをしますが、私は庫裡の一室を使わせていただきました。

窓はありますが、窓ガラスはありません。熱帯性の気候で気温も湿度も高いのですが、夜は外気が涼しくなるので窓からの風が心地よく眠れます。ただし、蚊に刺されるのには困りました。蚊取り線香はキューバにはありません。快適な現代生活の中で忘れていた昔の日本の夏を思い出しました。

 

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水道設備が整っていないため水も貴重で、屋根に降った雨水をタンクに溜めて使用します。流しで使った水はバケツにためトイレを流すのに再利用したりなど、あちこちに工夫がなされています。全ての物が不足しておりトイレットペーパーなどは高級品で普段は新聞紙などを使います。

小麦や野菜など食料品なども不足気味で地方の一般庶民には高価だと言います。そのせいか、キューバでは太った人をほとんど見かけません。滞在中は寄付者や典座役の方のおかげで美味しいキューバ料理を頂くことができました。 炊いた豆ご飯を器に盛り、バナナチップスやオカズをかけて食べます。メキシコ料理と違い香辛料は強くないので日本人でも美味しく食べることができます。食事は基本的に質素です。朝はコッペパンにバターだけといった感じです。ですが必ず毎食後、エスプレッソコーヒーが出ます。観光客の多いハバナ市街では普通にレストランでなんでも食べることができます。ですが、一食が15ドルほどです。これは一般キューバ人の平均月収に相当します。


■摂心について

接心は定期的に行われていて、今回の主だった参加者は隆真師の他にHavana禅道場で同じく得度を受けている敬道師(僧籍未登録)、典座を務めるロペス氏、合気道の若き指導者レステルさんとユニエルさん、典座補佐のマリアさんらの7人を中心に約20名ほどでした。

 

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建物の大きさからして、 これが限界の人数です。キューバでは集会の自由がありませんので、政府の公認を得ない限り、これ以上の人数が集まることは危険かもしれません。ただ、ロケーションが田舎なので今の所は問題ないそうです。

今回の摂心差定は禅宗寺の朧八摂心になぞらえて作ってあり40分の坐禅。経行を入れて抽解を入れずにそれぞれ朝課、昼食、薬石、大解静まで繰り返し、朝6時から 夜8時まで坐るというものでした。 七割の方が坐り慣れている感じでしっかりと坐っていました。誦経は日本語で回向はスペイン語です。スペイン語になると同じ内容でも倍の長さになります。

応量器の数が足りず、飯台はインフォーマルで行われました。手に入る食器自体のチョイスが少なく、代替え品になるような器を探すのも難しいのが現状です。ましてや、一般キューバ人が日本製の応量器を買うのは三年分の年収が必要になります。

衣も高価で手に入りにくく、現在隆真師が使っているものはアルゼンチンの禅堂で作ったものです。隆真師自身や夫人はお袈裟を縫うなどの和裁が出来るので、自分で作りたいそうですが、キューバでは布地が高いこと、黒の染料が手に入らないことがネックになっています。

 

【写真:支倉常長像 訪問】
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タクシーをチャーターし、1時間をかけて旧ハバナ市街へ。最初に支倉常長の像を訪問しました。

伊達政宗の命を受け180人からなる慶長遣欧使節団の正使としてローマへの往路キューバに立ち寄ったのが慶長19年(1614年)。今から400年ほど前の安土桃山時代。キューバに来た最初の日本人です。そう説明していただいたのは、キューバ日本文化センターの副会長、ガツマン・アーネスト氏。氏は後述する松林流沖縄空手キューバ本部道場の会長で禅への理解も深い方でした。

 

■キューバ・アジア館日本文化センター

アーネスト先生の案内で旧市街地の中にあるキューバ日本文化センターに伺いました。カサ・デ・アジアという建物の一室が日本文化センターとなっており誰でも無料で訪れることができます。

キューバの日系人の話をここで伺いました。1898年に最初の日本人移民がキューバに入殖しています。1916年には“小川移民”と呼ばれる75人の日本人がキューバに渡りました。サトウキビ農業などに従事し、人口は徐々に増加し1800人ほどになったそうですが、太平洋戦争で「青年の島」へ多くの人々が強制収容されました。戦後も日本人に対する風当たりは強かったそうで、残ったのは400人ほどだったとか。それでも頑張って働き、成功する人も多くいたそうです。

 

ですが、再びキューバ革命でそれまで築いた個人の財産は全て国に帰属することになるという二度目の悲劇に見舞われました。その後の社会主義社会では真面目に頑張っても経済的に成功するということはなく、日系の多くの方は今でも車はおろか電話も持っていない人が多いといいます。そんな日系人の苦労を偲び1964年にハバナ市内のコロン墓地に日系人慰霊堂が建立されています。

現在、キューバには日系人連絡会があり1200人ほどの日系人が暮らしていると言われていますが、戦前からの一世は104歳の島津三一郎さんだけになってしまったそうです。

 

■ハバナ芸術大学/日本文化研究室 

キューバ革命後、ゴルフ場を利用して建てられたこのハバナ芸術大学はキューバでも指折りの名門校です。教育が無料で受けられるため、西側諸国では授業料が高い医科大学や芸術大学でも誰もが無料で学べます。そのためキューバの医療や芸術は世界的にも高水準です。また、この大学内に日本文化研究室があり、日本語、書道、折り紙などの教室を開催し、学生以外でも受講できるようになっています。

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隆真師はここでは書道を担当しています。また、折に触れ禅に興味がある学生に話をしています。

室長のイボンヌさんの話では、キューバでは日本のアニメや漫画、映画などのサブカルチャーを通して日本文化に興味を持つ人が多く、芸術の面でも影響を受けていると言います。そのせいか日本文化に多大な影響をあたえた禅に興味がある人が少なくないそうです。学部長に校内を案内していただきましが、浮世絵的版画法やアニメ要素を持った作品が製作されていました。

シアターにて禅の講義の時間をいただきました。

当初、午前10時に予定されていましたが、学校側の都合で当日になって午後3時に変更になり、予定されていた定刻に集まっていた人たちは帰ってしまい、参加者は少ないだろうという話でした。それでも60人ほどが集まりました。中には二人の日本人学生も混じっていました。

 

 

■アルテミサ市街

 

法真寺があるアルテミサ州(province)はハバナ州に隣接しています。旧ハバナ州が三つに分割されて独立した行政区、州(province)となった地域です。禅堂はその市街地の端に位置しています。

キューバのごく一般的な街で外国人の姿はまず見かけません。建物や車、全てがカラフルな色彩にペイントされク、ラッシックカー、トラクター、リクシャー、馬車が舗装された道を走っています。

 

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隆真師の自宅は市街中心部にあり、禅堂から徒歩20分ほどです。ここで、隆真師が配給手帳を見せてくれました。配給と言っても無料で配布され訳ではなく、家族の人数によって決まったものを超低価格で決まった数量買えるというものだそうです。塩、砂糖、米、豚肉などで、魚介類や小麦粉などは含まれていません。また、量も驚くほど少なく、それだけではとても生活できない量です。

スーパーマーケットなども見学しましたが、現地通貨「ペソクバーナ」と外国人が使える「クック」という単位では約25倍の差があり、並列表記されているところもあります。トレットペーパーが1ロール0.35クック(8.75ペソクバーナ)でドルに換算して約38セントでした。アメリカですと30セントで買えるところもあります。現地の平均収入を考えると確かに全てがかなり高価です。生鮮食料を除くほとんどの商品がメキシコなどからの輸入品で自国ブランドの商品は見つけることができませんでした。

 

 

■昼食接待

 

禅堂から徒歩10分。典座補佐のマリアさん宅で昼食接待を受けました。ご主人のレネさんも仏教徒で法真寺の中心的なサポーターです。レストランを経営しているそうで、ご主人自ら腕をふるった料理をいただきました。レストランの経営と言っても、売上の大半は国に行くのだそうです。

いつもとは違い、ご飯も黒米ではなく白米、黒豆ではなく小豆が入っています。おかずにも肉が入りカレー風に味付けされています。部屋にはインド製と思われるお釈迦様の絵図と隆真師が書いた正法眼蔵の掛け軸が飾ってありました。地方の禅堂ではこういった地域のサポーターを大事にすることが重要で、こういった方々の話をよく聞きコミュニケーションを深めていくことが重要だと隆真師は考えています。

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ここでは一般キューバ人の経済格差や生活状況などのお話を伺いました。これは後述します。

レネさんの生活ぶりは決して貧しくはありません。それはレストラン経営のせいではないと言います。彼はフランス語が堪能で、ヨーロッパからの観光客のガイドをし、そのチップのおかげだと語っていました。1日に20ドルのチップでもそれは現地の一ヶ月の収入になるからです。

 

■合気道キューバ本部道場 訪問

合気道キューバ国際本部道場にお邪魔しました。

オマー先生が迎えのために用意してくださったのはキューバで初めて見る新しい車でした。プジョーのミニバンで一時間の道のりを経てハバナ市郊外、葉巻の生産で賑わう街中にある道場に移動します。冷房が効いていて快適でした。道場は町の屋内競技場を改装して作られています。広い施設で平日にもかかわらず100人ほどの生徒が練習をしていました。

 

オマー先生の意向で、なるべく伝統的な要素を伝えたいと神棚を祀ったり、名札を全部カタカナで書いてあったりなど、随所に思い入れが現れています。最年少の子どもたちの演武を見せていただきましたが、それでも水準の高さに驚きました。

先生自身も坐禅をされてこられたようです。この道場でも15年ほど前から稽古の一環として坐禅をしているそうで、隆真師が定期的に指導しています。ここでも禅についてのお話をさせていただき、一緒に坐りました。通訳を介しての話でしたが、子どもを含め、皆さんの真剣な眼差しに日頃の作法教育の厳しさを感じました。

終わってからの茶話会で、現地の先生から故古谷顕正氏(Aikido Ceneter of L.A.の創設者で山下顕光老師の下、禅宗寺で得度)の名前が出てきて驚きました。情報の少ないキューバで、しかも海外に学びに行くことができないキューバの合気道修行者はみな古谷氏が作ったDVDをなんども見て稽古をしたということでした。また、彼が禅を学んでいたということも大きく影響しているそうです。私も古谷氏とは個人的にも親しく交友がありましたので、大変嬉しく古谷氏の思い出話しをすることができました。オマー氏は、これを機に定期的に参加者を募って摂心を行っていきたいとのことでした。

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【写真:松林流沖縄空手キューバ国際本部道場 訪問】

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最後に、日本会副会長のアーネスト・ガツマン氏が会長を務める松林流沖縄空手キューバ国際本部道場を訪問しました。ハバナ郊外のビーチに近いこの道場は昔あった日本庭園を復興して作られています。建物は少なく道場自体は野外です。坐禅もこの野外道場を使って十数年続けられています。

毎日の稽古で坐禅を取り入れているそうですが、坐禅指導の機会を得ることが非常に難しいことを訴えられました。隆真師も交通手段が乏しいため頻繁に訪れることが難しいようです。

ここでは曹洞宗の坐り方をお話し、一緒に坐りました。坐蒲も入手が困難なためそれぞれ自作で、野外ということもあり、中に砂を詰めてあります。私たちが使う分は法真寺から持って行きました。

平日午後でしたので参加者は20人ほどでしたが、週末には50人ほどの方が参加されるようです。

この日は話しを聞きつけて日系3世の空手指導者、比嘉氏が遠方より参加してくださり、片言の日本語で暖かく迎えていただきました。

 

 

 

■キューバ事情■

 

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キューバに到着して最初に驚くのが車です。博物館でしか見られないようなカラフルなクラッシックカーが普通に走っています。新しい車はほとんどありません。日本車はバイク以外ほとんどありません。50年台の素敵なアメ車に目を奪われます。国そのものが生きたクラッシックカー博物館です。ですが、これも経済制裁で車が輸入されなかった結果です。最近になって輸入規制が撤廃されましたが価格が高すぎて一般市民には怒りと失望しかもたらしませんでした。ちなみに、合気道本部からの送迎に使われたSUVプジョー4008の現地価格は米ドル換算で約24万ドル、欧州価格の5倍です。6年落ちのワーゲン・パサットでも米ドル換算で6万7千ドルと表示されていました。

 

 

ソ連崩壊後石油も高騰し、部品も高価なため維持するのにもお金がかかります。実際、隆真師の父親も50年代のフォードを所有していますが、修理費用が嵩むため何十年もそのままになっています。車を持っている人のほとんどは経済制裁以前に購入したものを親から相続した人がほとんどだそうです。

 

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こういった状況ですので、一般の人はほとんど車を持っていませんし、必要ないので免許すら持っていません。移動手段はもっぱらバスとヒッチハイクだと言います。確かに移動中もここかしこでヒッチハイクしている人の姿を見かけます。バスもトラックやダンプを改造した様々な形のバスが走っています。

 

 

Macintosh HD:Users:shumyokojima:Pictures:CUBA:cuba3-1.jpg今回の滞在では隆真師に手配していただき8人乗りのタクシーをハイヤーしました。60年代の白いプジョーで中身はほとんど日本製パーツだそうです。1日60ドルでした。欧米の感覚では安いのですが、現地の3、4か月分のサラリー額です。彼らにとっては高額ですが、それでも他にチョイスがないのだと言います。観光客の場合だとさらに高くなります。

これは余談ですが、ビーチの近くの空手道場に向かう日、「ビーチに行かないとキューバに来たことにはならい」とのことでスケジュールにビーチが組み込まれていました。私も海辺で育ちましたが今まで見たこともないほど美しいエメラルドグリーンのカリブ海に感動しました。しかし、気がつくと私よりも同行の若者たちの方がテンションが高かったのが印象的でした。海に囲まれた国で、ビーチならお金もかからないので良く行くのか聞いてみたところ、滅多に行く機会がないと意外な返事が返ってきました。これもやはり交通手段が乏しいことに起因しているそうです。

この交通事情はキューバの社会文化を考える上で重要な違いだと感じました。これは人の行き来だけでなく物流やそれに基づく考え方など多岐にわたって影響しています。

 

■ネット事情

 

2008年に個人が携帯電話を持つことが許可されてから急速に普及し、現在では5人に一人の割合で携帯電話を持っているという状況です。コンピュータも未だ贅沢品ですので、若い世代を中心にスマホが普及しています。それに伴いインターネットも許可されましたが、インフラが整備されておらずかなり高価なものになっています。

Macintosh HD:Users:shumyokojima:Desktop:cuba3b-6-3.jpgですが、若い世代を中心に国民は情報に飢えていますので、高い料金を払ってもインターネットにスマホを使ってWifiで接続して情報を得ています。得た情報はメモリに落とし、オフラインで仲間と共有するのが常になっています。Wifiは学校、公園、高級ホテル、ネットカフェで拾うことができます。一時間5ドルほどで通信速度もとても遅いものです。キューバ独自のインターネットシステムで国が管理し規制しています。

日本のサブカルチャーもこの急に普及しだしたネットの影響で若者に浸透していて、若者の間ではネットから落としたアニメなどの交換が盛んです。私の子供時代のアニメのことまで知っていて驚くことが多々ありました。

 

 

 

■経済事情

独立後のキューバはソビエト連邦の支援を受け、ソ連の石油とキューバの砂糖のバーターにより経済がなりたっていました。この時代、全てのキューバ人が年に一度はバケーションをとってホテルに泊まれるような生活をしていたそうです。その後ソ連の崩壊にともない経済が逼迫。物資が根本的に不足する状態が起こり今に至っています。一般市民の生活はかなり苦しく食料配給に依存しています。

現在政府は自営業を推奨していて、家を持つ人は民泊、車を持つ人はタクシー業を営む人が増えています。観光客相手だとかなりの収入になりますが、その75パーセントは国に納めなければなりません。それでも、1日のチップが10ドル、20ドルとしても、大きな収入になります。

ですが、それは都市ハバナ周辺に限ってのことです。そのためキューバ1120万の人口のうちの200万人がこの都市部に集まっています。同じ野菜の値段を聞いても都市部の人は安いと答え、地方の人は高いと答えていました。

地方でも仕事は必ずあるそうです。政府は仕事をなるべく創出する努力をしています。しかし、元の財布が一つですので全体の給料が増えるわけではありません。キューバで現在割と裕福に暮らせている人は外貨を得ることができる人、または農業、生産関連などで横流しができる人、というのが実態のようです。

アメリアの経済制裁は、日本を含めたアメリカ寄りの国全てに圧力がかかり影響しています。昨年7月よりアメリカとの国交が回復しましたが、経済制裁解除などを含む法的整備にはまだ時間がかかるとみられています。

 

■宗教事情

宗教の信仰は原則として自由とされていますが、現在では無宗教者が55パーセントと言われています。キューバで最も重要な宗教であるカソリックは、革命以前は人口の70パーセントだったそうですが、カストロ政権下では40パーセントにまで落ちています。これは布教活動が反政府活動にならないようかなり制約を受けていること、そして社会主義思想と高学歴化が影響していると考えられています。

他にもプロテスタント、イスラム教、ユダヤ教、ブードュー教があり、政府からの承認を受けて活動しています。仏教では創価学会インターナショナルが唯一の政府の承認を受けた宗教団体です。1996年に池田大作がキューバを訪問したことが大きいと言われています。

アジアの宗教である仏教の認知度は一般的にはまだ低いのが実際です。街中のカフェで、私たち坊主頭で作務衣姿の七人がコーヒーを飲んでいると「あなたたち、何かのカルト?」とウエイトレスに尋ねられました。政府を含め、一般のキューバ人からしても仏教に対する情報や知識また実績がなく、カルトと見分けがつかない状態だと言えます。

前出のハバナ禅道場は政府承認を得ていない状態で、ハバナ市街の公園で多くの人を集めて坐禅をしていましたが、当局の目にとまり活動休止を余儀なくされました。視察した近くの場所で活動するイスラム教寺院は公認を得ているため活動の輪を広げています。

 

 

■キューバ曹洞宗の課題

隆真師の活動する法真寺は宗教法人として認められていません。前述の通り、キューバでは宗教法人格を取得するのは非常に難しい状況です。ですが法人格がないと今後サンガが発展しても大きな問題が生じます。例えば、人が集まることそのものが違法となる。建物、車などが個人の所有物にしかできない。修行施設の購入やレンタルなどができない。大きなドネーションを受け取ることができない、と言った数々の問題がすでに起きています。

隆真師はなんとか政府に認められるような実績作りに努めています。そのため合気道道場や空手道場、大学や文化センターなどとお互いに結びついて活動を重ねています。また、曹洞宗がカルトではなく世界的に認められた大きな宗教団体であることが認知されるよう試行錯誤している状態です。

現在、キューバの曹洞禅には二つの課題があります。一つはここで述べた政府の承認を受けた宗教法人が登録できること。もう一つは、曹洞宗の教師資格を持った布教師がキューバに必要だということです。

現在曹洞宗に登録された僧籍を持つのはキューバでは隆真師一人です。しかし、僧籍登録がされていない曹洞宗系僧侶が5人ほどいます。菩薩戒を受けた人や得度を望んでいる人も多くいます。ですが、教師資格者がいません。隆真師が専門僧堂に安居し、法戦、嗣法、瑞世を経て1日も早く教師資格を取得することが何よりも重要だと思います

 

 

■今後のキューバ禅

禅そのものはまだ認知度が低く、また知っている人でも敷居が高い状態であり、坐禅を行っている場所が極端に限られています。交通手段の乏しいキューバでは、日常的に禅堂まで足を運ぶのはかなり困難な状況です。摂心の開催時には、志ある者がバスを乗り継いで参加しますが、日常的には近所に住む人々に限られます。

それに比較し、空手や合気道の道場はある程度各地に点在し、支部道場の先生は本部道場に集まります。参加者も小学生から大人まで多岐にわたり、数もかなりの数になっています。また、これら武道の先生は禅への理解も深く、禅と一体となって学んでいきたいという強い希望があります。真剣に摂心に参加して日本での修行を志している若者も合気道の若き指導者でした。キューバでの禅はこういった武道団体を通じて広がっていく可能性があります。

また、他の中南米諸国とは異なった学力水準の高さとカソリックが比較的弱く無宗教者が多い状況は、禅への感心や理解が生まれやすい土壌と言えるかもしれません。